ネコちゃん

その角を曲がったら目の前に金の狸が居た。狸は苦手だ。化けて私の目をくらましてくるのではないかとヒヤヒヤする。狸は言った。おまえさんだって化狐じゃないか。おんなじだよ。

日常から解放されるべく降り立った街で、貴方と出会った。殆ど私を知らない人ばかりで時が止まったかのように嬉しかった。この街には一年中咲いている桜の木がある。その下で貴方と出逢えたことが今も私の心の中に色濃くあるの。

夕日の見える丘で、咲く言葉も美しくて、でも薄ぼんやりとした空。そろそろ雨が降るのではないかな。月は出るのかな。私の言葉は何処にやればいいのでしょうか。

長い長いこの廊下を歩いて、その先に聞こえる口調、ザワザワとした会話が聞こえてくる。人の気配は感じるのに誰も見えない。

酒のアテを手にしながら大きく笑うあなたは、全てが適当で大ぶりで鋭い目をしていた。完璧とは言えないけど、何も見ずに剣を振り抜いていく姿をずっと見ている。

気になることの全ては見えてない事から起きているよね。こちらに行くとトリュフがありそうだなと。私達はきっと、そんな分岐の最中に出逢ったんだ。全てが急だった。心のスピードも展開も言語化できる時間すらなかった。

横顔ばかりで、貴方の煙を吐くタイミングが好きで。田舎にいる様な、ここだけ記憶の狭間の世界みたいで。透き通る白い息に身構える肩が目の前にあったのに。

貴方はいつも私の事を記録していた。そっと人と人の間に存在しながら、彼方に行ったり此方に行ったり忙しそうに、でも楽しげに。私の事なんて、記憶してないだろうなって思っていたのに。

フラットに思ったままに感じたままに行った先で、決まっていくのが私達のやり方で、私達の好きなやり方だよね。そこに関係性も言葉も要らなくって。立場を忘れてたよ、貴方の位置も過去も全て私の心に何も影響がないの。

隅の方に自分の1%程の余力で心のオヤツのように取り組むこと。この上ない幸せでホッとできる場所。まるで脇の下に住む小人のように。わたしはダニでも良い。見えないのなら。

ふと上を見上げた時に見える貴方のカケラ。まだそこに居たのね。変わらずに刻まれた染みがある。届かない、そしてすぐ忘れてしまう。けれど、消えない。

あなたの奥さんは、ニコニコと私に話しかけた。胸元にはあなたと同じテイストのピンバッチが光って居た。

貴方の目には、時折本当にこの世に何の期待もしないのだろうと言う、私達を絶望視するそんな姿が見えている。その判断は何て優しくはないのだろうかと言う程に。全てを見通してしまったからだろうか。貴方の狂気を見るにはどうしたらいいのだろうか。

貴方だから足を向けた。最後の最後まで見ていたい。その脳裏に焼きつく言葉や理解や私を語る言葉に心底…惚れたのです。貴方の背中を見上げて居たいのです。

部屋に入ると腕に抱いているが、産声は街の音に対してさほどアピールが大きいものではなかった。僕はその娘を一度だけ抱いたのだ。束の間の癒しだった。

人生半ばから同じ血を流そうと同じ部屋で過ごそうと決めた事が、どれだけの思いだったか知る人はいない。そう、全ての経路を変えて人格までも捨てて対峙したのだから

こんなにも朝日が鬱々しくて何も見えないのにも関わらず、ここは特別な場所。誰にも見えない場所。透明な存在に今直ぐに消えてしまいそうで、尚それは誰も気が付かないわけで。

時が止まるようにポロポロと泣いて居た。でもね貴方はこの土地に居る。泣くような場所ではないの。貴方によって時間が随分進められたと思うよ。私はそう思うの。少しずつ、そう、この土の上に私が立って居られるように。泣かないように。

以前というにもってこいの関係だと思う。そんな風に言うのは何とも寂しいのだけど、良くも悪くも無難なのかなと感じる。誰にでも平等に神は見ていると言うもの。以後の今は精算していくそんな時にあるのだと思うの。

ピンチの時に一緒に駆け上がってく、この瞬間がね、私と貴方を繋げてくれたんだ。周りを振り返っていられない位に、ヤバいじゃんってなってるのにさ。何でこんなに楽しいんだろうね。貴方と私だからなんじゃないかなって、そう思うの。

私の存在などは、端っこなのかも知れない。けれども、沢山の栄養を貴方は与えて下さって、成長痛の様な変身を遂げたの。だけどね、注げば注ぐほど、私が大きくなる程、貴方の原型は見えなくなってしまった。私の端っこにも居ない。

ずっとずっとギリギリでさ、良い人でしかなくて、それはある意味でダメだったのかもしれないよね。僕が伝えられなかった事が無限にある。言おうとして、引っ込めた言葉達があるんだ。綺麗にまとめられないから、恥ずかしいから。

開けた先にある言葉の拡がりが貴方のキャラクターになっている。ここは言葉の世界。生まれ持った顔貌に囚われなくてよいの。

春の夜空に素肌が馴染みやすくて、今は秋だと言うのに木漏れ日に触れたく、朝の空を見上げたくなる。ずっとずっと、この日を待っていたかのように。影を陰だと感じられる様になるまで。

貴方が何を狙ってるのか知りたくて、皆はいつも期待している。馬に乗って森の中を駆け抜ける姿。首を提げ今日は誰の顔だろうと皆がワクワクしている。

両頬に詰まった宝物達を引っ提げて、地面を蹴り上げ、一心不乱に走るのだけどビリッけつなのはご愛嬌なのかな。

一緒にあの時にタイムスリップしている。時は止まって、このストーリーの長さは年輪をも忘れてしまうくらいに。私の目の前に貴方がいて、貴方の目の前に私がいる。

いつも私は端っこの席に座って目立たないけど雑木林に潜り込んでいる狸のようにしていたいの。みんなが見ている黒板はたまに見て、鉛筆を削ったり遠くを眺めたり、机に落書きをしてみたり。

昼下がりウツラウツラしながら、聞いていた講義。その一言に私は目が覚めたのです。私はその時、ずっと求めて居た、ずっと欲しかった先端、一角を一筋を手にした。

心の奥に、いつも誤魔化してしまう想いがあるのを知っています。代替え手段なんていくらでもあるって思っても、そんなの簡単に出来ない事も知っています。貴方がとっても大切にしまっている気持ちだから。

ねぇ、みんな同じ方向ばっかり向いていて、何があるんだって感じだよね。わたしはみんなと違う方向を見ようと思ってる。街から離れて右へ右へ進んでその先にエデンがあると思っているから。

私は飛んできてアナタの近くに舞い降りた。アナタはずっと過去に居る従順な誰かの僕のように見えていて。でもね、アナタは誰の僕でもない。舞う姿を見あげ、この先の未来が明るく見えた顔をしていたから。

ずっと貴方は、育んできた。楽しく人に分け与えて気楽に見えてたけど、実はそうじゃない。一粒一粒の積み重ねが倉となる程に盛大になったの。玉座に座る貴方の姿が見える。やっとその位置に。

いつもの顔と違うんだもん。私の話を全て分かって先まで読んで答えてしまうのはなんで?夜中ずっと貴方にどう話そうか考えていたあの時間は何だったのだろうか。悩んでも会ったら相殺されてしまう。貴方ってブラックホールみたいだよね。

美しい言葉の中に貴方の努力の源が見え隠れして居て、ぁあ何となく描いていても、その一本一本の線に丹田を込めたこだわり抜いた想いがあるんだろうね。未来の映像はスムーズで淡々と空気を吸うかのように手を引いてくれるのかな。

素足で飛び出した先にある皆の目線が下に。準備万端に羽織ったはいいけれど、いささか焦りすぎた。今日は午前中にやる事が目白押し。

貴方の後ろ側に立つと、貴方の目が四方に動くのが見える。嗅覚鋭く、野生の動物の様に細やかにあの人やこの人を見ている。そんな貴方の検知能力が好きなの。

細目から見える先、紅い頬の反射が闇に浮かぶ。

全然違う私達だけど、何世紀も超えて目の前にやってこれたね。これは運命としか言いようがないよ。私はそう信じてる。アナタとずっと出会ってきた様で言葉にする事ができなかった。言葉にしたら終わりの呪文が唱えられてしまいそうで。お願い、この想いにアナタは気が付かないで。

美しい人だなって思ったの。こんなに未来を教えてくれるなんて、これまで出会ってきた人間達には居なかったもの。でも、知ってる。アナタは心を機械にしてしまってるよね。隠しても、そう。アナタはアナタの幸せを願ったことは無いもの。だから、私が幸せにしてあげようって思ったの。私の素材を全て使って、そうなれば幸せなの。

皆がいなくなった世界で、私は一人で紙切れを持って叫んでる。とっても重要な紙切れだったの。でもね、もうみんなは居ない。もう海のもずくのように夢の世界へ時空を超えて、私だけ違う星に来てしまった。光の強さに気がついて、夜の暗さを初めて嫌いになった。

自分の人生を歩むのに、いつもサポート役で、下働きで良いと思うことにしていた。毎日毎日、書き示すものも全て紙屑のように消えてしまう。誰かの人生を豊かにするお手伝いをする。消耗品でいいのだと思う様にしていて。消えていく自我が。

まだその悩みは、どうとでもなるというか。揉むだけの猶予・あなたの若さがあると思うの。少しづつ退化していく。体の隅々が思う様に動かなくなっていく。それでもまだ貴方の体は形を変えられるはず。

あなたを考えると1秒で笑顔になれてる。どんなに寒い日でも、どんなに落ち込んでいる日でも。全てが黒から白になる。ずっと消えない、ずっと熱い。

天使が寄り合い小鳥のような囀りで美味しいものを分け与えるそんな場所にエデンがある。全ては歌で賄える。説明は要らない。

私の指に跳ね返る一本の線。もう同じ音色を奏でる事は出来なくなってしまった。まるで貴方を送る最後の言葉のように、天井には一筋の糸すらも見えない。

オセロの白と黒が一気に変わる様に、貴方の人生もガラリと変わる時なの。積み上げてきたものが新しい法則となり、綺麗に目の前が漆黒になっていく。私の夜が来た。

大きな体を使って、頭の上に約束した獲物を持って泳いでいく。思い切り走って、金の卵を落とさないように。そして、小さな種をまた蒔く日を遠方から待っている。

乗り越えることがいくつも、左右・上下・前後ろに存在していて。私は、男なのだからと言い聞かせて。ただね、まだ子供なの。未熟なのです。どの勲章も欲しくない。欲しくないからこそ、取るのです。

貴方は、私のことを綺麗な人だと言ってくれていた。ずっと、そうやって褒めてくれていた。だけど本当は嘘だったのよね。貴方は、私をブローチや髪飾りの様に、または通行証や免罪符かのように見ていただけなの。もっと酷いかもしれない。そう、牛乳瓶を玄関の前に置くように。

あの日私は着るものを決めていた。羽織るものも、使う色も全て。一気に私の中身は外に出てしまった。私の内圧が外に外に、それは臓物を直接触れさせるかの様に。昔の記憶を思い出す装置なの。

1つだけ選べるとしたら、柔らかい芝生の上で寝転ぶ天国の様な時間と、斧を持って一直線に目の前に立つ、どちらが私なのかなと思うのです。どちらも選べず、時に選んでしまいそうな衝動と、また選んだ後に戻れなくなってしまう現実に私はずっとずっと悩んできたのです。

貴方の欠点がとても嫌いだったのに、ずっとずっと恨み続けていたら、その事ばかりが頭に残ってしまい、そう、いつの間にか貴方の事が気になって仕方なくなったのです。

珍しい話を聞きながら、すごい発見だなぁと驚くのだけども、その先の話になると貴方は何も話してくれない。私を見つめてる、託してくる様な、その目で。そっか次は私なのね。

途方も無いあなたの予想と予測と、私の暑い夏の動きの無さから、蔦の葉の中に隠れた私を、きっと探すこともなかったのでは無いかと思うの。道端に蔓延る蔦の葉っぱの中に、私は存在していた。貴方が通る道に壁に描かれていたのです。

天井を見上げると、吊るされた目が泳ぐものが、見えるの。そう、全ては虚でありマネキンであり、綺麗に飾られていて。きっとそうじゃない。知っているけど、その艶に私は触れたくてたまらないのです。

可愛い走り書きが、とっても愛に溢れていて。私はずっとその文字を見ていたい。この帽子の中に私は貴方の言葉を沢山詰めて幸せなのです。少しづつ小書きにして、私も私の言葉を愛ある形で見せていきたいの。

喉が渇いてふと車を止めた。横に見えた白鳥の群れがキラキラと羽を広げて休んでいた。喉が渇いて、よかった。

終幕 ─ FINIS